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C6理論2-2.愛の数式

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前回、基本的な愛の形を、化学結合の考え方でまとめてみました。

今回はさらに深く掘り下げ、愛を数式であらわしてみたいと思います。

数式化とは、抽象的な概念の純度を高めることで理解を深める作業です。

さらに数式によって、それまで理解の及ばなかった思わぬ発見をすることもあります。

愛のために苦悩し、肌が荒れ、命を削ることもある私たちの体ではいったい何か起きているのか。

あるいは、私たちは愛によって何を感じ、何をしようとしているのか。

 

話は愛の定義から起こし、愛の数式を求め、考察から愛のメカニズムを探ります。

 

C6理論2-2.愛の数式

 

【肌荒れという危機管理システム】

私は軽いアトピーです。

軽い、という表現は当てはまらないほどに、10代のある時期、関節部分は荒れ放題で、腕が伸ばせないほどでした。しかし、いまは生活を改善し、通常は治まっています。ストレスなどの外部要因が重なると時に発生しますが、いまも苦しんでいる方々に比べると、やはり軽いといえるでしょう。今回、本章をまとめるにあたり、アトピーの発生から治癒までを再現してみました

 

160413

 

肌荒れのもっとも大きな原因はストレスです。私はいつも思います。なぜこの体は、ストレスをさらに増幅させる方法で、ストレスを知らせるのだろうと。胃の荒れが、痛い口内炎になったり、精神的なストレスが、アトピーになったり。

理由の有力候補として、危機管理システムなのではないかと考えています。つまり、肌荒れよりももっと重大な「危機」が近づいていることを知らせているのではないか。たとえば熱いものに触れば熱いですが、火傷はいずれ治癒します。しかし、それ以上触っていれば、致命的な大けがになってします。それを知らせるための痛みと火傷。肌荒れも、何か対処しなければいけないもっと重大な危機を知らせているのではないか。

 

「環境イメージ図」

図2

 

【愛のエネルギーに突き動かされる】

その危機は、対象がさまざまです。個人、家族、国、人類、地球環境。人によって、感受性によって、その捉える範囲が異なります。(※もちろん本章は感受性の大小の価値を単純に論じているのではありません。)

そして、意識的にしろ、無意識的にしろ、自覚した危機が、ストレスとなって肌に現れる。こう考えると、肌は、個人や人々にとって重要な環境変化を映し出すスクリーンです。五感は、つねにあらゆる環境変化に対して警戒し、それを肌荒れとして私たちに知らせます。

個人の危機については言うまでもなくその本人に映し出されますが、家庭、国、人類への危機に対しては、乱暴な言い方ですが、一部の人の肌に映し出されます。全員が行動できないほどの肌荒れを起こすと対処できないから、という仮説も成り立ちそうです。人には役割があります。

ユングはその「集合的意識」「集合的無意識」をうまく定義付けしていますが、私は、この感受性と、そこから発生する熱意、行動(つまり愛のエネルギー)が、物理で論じられる内部エネルギーに非常に似ていると思い、それを数式化してみました。

 

formula - コピー

 

数式化の詳細に興味がある方は、下の参考資料をご覧ください。ここでは簡潔にまとめます。結論としては、愛のエネルギーは、多次元に影響を及ぼす正のエネルギーと定義でき、愛のエネルギーCScは、意識(C)x意識のエントロピー(Sc)で表現できます。

エントロピーとは、状態の「乱雑さ」を表す、便利で明確な物理量です。物理の世界では、素粒子の状態の乱雑さを表しますが、愛の場合は意識の乱雑さです。素粒子が形作るこの世界の上に、さらに「意識」の世界が形成されています。

物理の内部エネルギーと同様、意識にも「乱雑さ」が適用できそうです。少々難解ですが、氷と水のエントロピーが分かりやすい一例です。下の図を見てください。氷は秩序がありますから、取り得る状態はどこを見ても1種類です。つまり乱雑ではない状態で、エントロピーは小さい。そして沸騰した蒸気は粒子がばらばらに広がり、取り得る状態がたくさん生じます。つまり乱雑で、エントロピーも大きい状態です。このように、乱雑さ(取り得る状態の数)によってその状態を数値化できます。同様に意識にも、エントロピーの低い状態と、高い状態を数値化することが可能なはずです。

 

1

(液体や気体が取り得る状態の数は固体に比べて大きく、エントロピーも大きい。)

 

【意識のエントロピーが示す許容できない乱雑さ】

意識は、知識、感性、感情という様々な粒子の集合体と表現できます。これらが、多様性を持って漂っているのが、意識の世界です。水の状態と同じく、我々を含めた生物には、最適なエントロピー値の状態が必要です。

 

エントロピーが低すぎると自由が効かなくなり、高すぎると安定して存在できません。まさに物理量のエントロピーが表現するところと同じです。私たちの感受性は、その意識のエントロピーを常に感じながら生活しています。私たちにとって最も重要な状態量だからです。基本的には、集団が形成する集合的意識と集合的無意識の「乱雑さ」の程度です。

 

ちょっとわかりにくくなってきましたが、ようするに、意識のエントロピーには適切な状態が存在するのではないか。エントロピーが小さすぎると、融通が効きませんから望ましい状態とは言えない。しかし乱雑すぎても、当然困ります。この「許容できない乱雑さ」を感じると、それがストレスとなって肌に投影されるのではないかと考えます。

 

【肌荒れは本人だけの問題ではない】

その場合、肌に投影されているストレスは、その環境に住む全員にとっての危機ということになります。つまり、パートナー、家庭、国、人類と、人によって感受性の届く範囲は異なりますが、肌荒れは、本人だけの問題ではない、と言えそうです。

そこに投影されている危機が、パートナー、家庭、国、人類、いずれの危機を投影しているのか、本人にも分からないかもしれない。しかし明らかに危機が迫っていることだけは確か。しかも興味深いのは、その感受性がきわめて広大な範囲に届くということです。

感覚が5つも備わっているのは、そういう意味も持っているのかもしれません。5感は、私たち自身も想像できないほど多次元に広がっている意識世界を、カバーするために備わっている。それは明らかに、種の保存のために備わっている。そして、まさに生き残るために5感をフル活用して、遠くのストレスを感じた時、それを私たちは「第6感が働いた」と表現しているのかもしれません。5感は、まさに人知を超えた感性も備えていると言えそうです。

 

 

【意識を強く持つということ】

繰り返しになりますが、肌が荒れている場合、周囲の全員に関係する危機が関係しているかもしれない。それは、どこかの不本意な「乱雑さ」を受信しているのかもしれない。私を含め、行動できる者に対する信号です。

ここでもう一度、愛のエネルギーの定義式を。

 

formula - コピー

 

エネルギーは、強度因子(意識)と、量の因子(意識のエントロピー)の掛け算で構成されることまで分かっています。意識のエントロピーは、量の因子でしかない。愛のエネルギーは、これに意識(C)を掛けることで表現されます。

ここで分かることは、意識を強く持たなければ、愛は維持できないという、誰もが明確に意識している事実が、この数式に表れているということです。肌荒れはたしかに困ります。しかしそのおかげで、自分や周囲は、気遣いという意識を高めるきっかけがつかめます。

肌荒れがなければ、意識は低下しつづけ、愛のエネルギーは小さくなっていくでしょう。問題は、目の前になく、意識のどこかの次元にある、ストレス要因。意識をあらゆる次元に高めてストレス要因を探し、取り除かなければなりません。それが、肌荒れという現象の社会的役割といえます。

 

 

さて、次回は、愛のエネルギーによって生み出される予知能力、愛の先見性についてです。いまそこにある危機については私たちも敏感ですが、さらにもっと先、遠い未来の危機を感じている人々がいます。彼らは肌荒れを超える苦しみを味わっているのかもしれません。それを感じようとすることは、意義のあることです。

愛の数式。まだまだ秘密が隠されていそうです。

 

尾池(工学博士)

次へ→「2-3.愛の先見性」

【目次へ戻る】

 

 

【参考資料】

言うまでもなく、愛の定義など、どの国際機関も明らかにしていません。

ただ、ふとした会話の途中や、トイレの中、あるいはベッドの中で真剣に考えている学者は多いです。

しかも本章は愛の定義なしに話が進みません。

そこで、FILTOMの仮説として、愛の定義をここで紹介します。
多くの方が驚く、こんな科学の常識をご存知でしょうか。

科学の世界で、最も確かな実在は、目の前の物質ではありません。

物質は、反応性の高い酸素などのガスや、降り注ぐ放射線で崩壊していくからです。

最も確かな実在とは「エネルギー」です。エネルギーは不変だからです。

エネルギーだけが、信頼できる明確な実在です。
そして、いつまでも不変だということは、定義づけが簡単だということです。

運動エネルギーはfs。力(f)x距離(s)。

位置エネルギーはmgh。重力(mg)x高さ(h)。

電気エネルギーはEq。電圧(E)x電流(q)。

最も興味深い熱エネルギー(内部エネルギー)はTS。

温度(T)xエントロピー(S=乱雑さ)。です。

すべて、掛け算になっています。強度因子と量の因子の掛け算です。

この宇宙を形作るエネルギーはすべて、「強度」と「量」の掛け算であることが、

過去の人々の努力で判明しているのです。これだけでも面白い事実です。

力、重力、電圧は、「力」。距離、高さ、電流は、「量」なんですね。

それらを掛け合わせたものが、エネルギー。すなわち宇宙を漂う素粒子です。

そのエネルギー=素粒子が互いに作用しあい、物質を作り、私たちは存在しています。

アインシュタインは、エネルギーが質量と光の速度の掛け算であることまで突き止めました。

そうした事実が、数の計算で表現されるのですから、過呼吸になるほどの驚きです。
では、愛のエネルギーも同じように定義づけしてみましょう。

話が長くなりすぎるのでここでは簡潔に。詳細は別途、希望者に、いつか。

もっともわかりやすい運動エネルギーは、「物体をある距離だけ動かすエネルギー」。

これに対して愛のエネルギーは、「意識を動かすエネルギー」と言えそうです。

幸い、この「意識」についてはユングがよく定義付けしてくれています。
愛は意識を動かしますが、運動エネルギーほど単純に動かすわけではありません。

それは上の「熱エネルギー」の動かす対象(量の因子)であるエントロピーにイメージが近い。

エントロピーとは一言で言えば、「乱雑さ」を表す量です。

一例を上げると、氷は秩序がありエントロピーは小さく、沸騰した蒸気はエントロピーが大きい。
乱雑さと言うと、悪いことのように聞こえますが、要するに程度の問題です。

乱雑さが0というのは、つまり状態のバリエーションが無いということ。自由がきかない。

逆に乱雑すぎると、物質は安定して存在できません。

適度な乱雑さが必要です。すべての生物はそのバランスをこの世界に求めています。

ただしエントロピーは「素粒子の乱雑さ(S)」なので、愛の場合は「意識の乱雑さ(Sc)」とします。

これが愛のエネルギーの「量の因子」。
もう一つの強度因子の方は、ずばり、意識強度(C)です。

私たちは「意識の乱雑さ(Sc)」に問題を感じた時、それに影響を及ぼそうとします。

できるだけ多くのことを把握し、理解しようとします。

そのとき、まさに意識強度は高まり、到達距離が延び、より遠くの次元にまで到達します。

意識が強いほど、遠くの乱雑さまで把握し、他者の意識を変えるほどの力を持ちます。
でも、結局、最終的に乱雑さを変えるのは意識強度などではなく、物理的なエネルギーではないか、

という反論があると思いますが、それは素粒子の物理現象を扱うからです。

ここでの愛のエネルギーは、素粒子が形作る物質の上に形成された「集合的意識」における現象です。

集合的意識の「乱雑さ」に直接的に作用できるのは、やはり意識だけです。
このような思考でえられる数式は、あらゆる愛の現象に適用できるかどうか検証が必要です。

その興味深い試みは、時間がかかるし、楽しい作業ですが、ここでは代表的に数例を。

愛のエネルギー=意識(C)x意識の乱雑さ(Sc)

意識は、自らの意志で高めることができます。それは、思いやりや、行動や、勇気となって表れます。

意識の乱雑さは、家庭、国、地球上で、刻一刻と生み出されたり、失われたりする知恵、情報、感情が、

互いに相互作用を与えながら、状態数を変え、高まったり、低下したりしています。

意識の乱雑さ(Sc)の低下とは、世の中の自由度が無くなることにほかなりません。

好きな人を好きになれない。好きな人を守れない。好きな場所を守れない。

価値を生み出すことを阻害される。これらの現象がつまり「意識の乱雑さ(Sc)の低下」です。

これに対抗するには、意識を高め、愛のエネルギーを増大させる方向に持っていく必要があります。

なぜなら、意識まで同時に低下させると、愛のエネルギーは大きく(掛け算で)低下してしまうからです。

逆に意識の乱雑さの高まりとは、情報が乱雑に増えすぎ、無作法な行動で、価値が乱立することと言えます。

状態数がむやみに増加し、コントロールが効かず、安定が失われます。

逆に意識を小さくしなければ、愛のエネルギーは増加し続けます。

これはどうやら数式が、愛のエネルギーも大きければよいわけではなく、

最適値があることを教えてくれているのかもしれません。
次に式を、意識の乱雑さ(Sc)=愛のエネルギー(L)/意識(C) と変形してみます。

これは、かつて1854年にエントロピーを発見したクラウジウスが試みたことです。

クラウジウスははじめから、熱エネルギーを温度で割るという突拍子もない関数が、

「乱雑さの尺度」という重大な意味を持つとは気が付きませんでした。

あくまでも、熱の移動は、高温側から低温側にしか起こらないということを数式化したのです。

そう考えるとさらに、クラウジウスのように、思考は飛躍します。数学の真骨頂です。

つまり、愛のエネルギーが、熱エネルギーと似た相互作用をしているのだとすれば、

同じく、高い愛側からしか、エネルギーは移動しないということです。

むやみに愛のエネルギーを高めてしまうと、エネルギーの交換がしにくくなります。

適度な愛、適度な意識でこそ、エネルギーの交換がスムーズになり、適度な乱雑さを生むのです。

尾池(工学博士)

 

 

 

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